小学校から大学までのことをご紹介しております。
小学時代 札幌市立北園小学校入学
身長も体重も成績も、だいたい平均的な子どもだった。
1年生のときは、ちょっとおとなしかったのか、学校帰りに男の子に囲まれて いじめられたこともあったが、だんだんとうるさくなっていく。
しかしあの頃は、今考えるとどこからあの自信があったのかわからないぐらいの自信家だった。
小学時代の3大ニュース
- 私は踊り子
- 小学1年からピンクレディーなど、当時は我が家にビデオはないが、TVにくぎづけで振り付けをおぼえる。
学芸会やお別れ会、休み時間などで披露。その後、としちゃんや明菜ちゃん、少年隊、安室奈美恵などと、 いまだに時折、踊り子として活動をしている。
- 小学1年からピンクレディーなど、当時は我が家にビデオはないが、TVにくぎづけで振り付けをおぼえる。
- 大声がウリです
- 子供の頃から、声が大きいということで必ず学芸会では演劇の役は絶対いい役がまわって来たし、
卒業式のときも「おにーさん、おねーさん」の掛け声で独り台詞が必ずあたっていた。
ということで、昔から声が大きいので耳が悪いという噂もある。
- 子供の頃から、声が大きいということで必ず学芸会では演劇の役は絶対いい役がまわって来たし、
- ゲーム大好き
- 母が経営していた居酒屋(現在は無し)の隣がゲームセンター。
当時のゲームセンターは不良の溜まり場として禁止されていたこともあり、小学生は私ぐらいしかいなかった。
ゲームと触れ合い、このころから機械関係が好きになる。
- 母が経営していた居酒屋(現在は無し)の隣がゲームセンター。
中学時代 札幌市立北栄中学校入学
当時は荒れている中学校で悪い生徒が多かった。
小学校の先生は私が不良になるのではと心配したらしいが、いたって普通の生徒だった。・・・といっても、やっぱり、うるさかったらしい。
中学生のときの3大ニュース
- としちゃんから、やっちんへ
- 中学校2年生の時、4年間愛し続けた田原俊彦から同じジャニーズ事務所の曽我泰久(たのきんトリオの野村義男のバンド「The Good-Bye」のメンバー)に心が移る。愛称やっちんという曽我泰久のことを知りたいっていう方は、是非ぜひ安田優子のホームページ内The Good-Byeのページか 曽我泰久のページをのぞいてください。
- 100点満点!
- 中2の時、数学の中間テストで初めて100点をとる。
仲間はずれになったおかげで授業中ちゃんと勉強してたらとれた。
この頃は、すごく数学が大好きで理数系の大学に行こうと思っていた。
- 中2の時、数学の中間テストで初めて100点をとる。
- 文通大好き
- 国語はメッキリ駄目だったのにもかかわらず、文章を書くのが大好きで、文通をはじめる。
沖縄県の玉城美奈ちゃんと長野県の間瀬 歩くんの二人。
今二人ともどうしているんだろう。誰か知っている人がいたら教えてください。
- 国語はメッキリ駄目だったのにもかかわらず、文章を書くのが大好きで、文通をはじめる。
高校時代 札幌静修高校入学
女子校の楽しさと恐ろしさの世界へ足を踏み入れる。
友達感覚で接するアットホームな先生が多かったが、
私を後ろから殴ったあの先生だけは許せないと根に持っている。
普通の人がおぼえていないようなことに関する記憶力が良い分、執念深いかもしれない。
高校生のときの3大ニュース
- 追っかけはじめる
- 中学時代から大好きな「The Good-Bye」の追っかけを2週間の東京見物をきっかけにはじめる。
追っかけといっても、会場の出入り待ちや空港待ちなど。
いっしょに写真を撮ってもらったり、サインをもらったのは、それぞれ一度だけ。
その他は話しかけたり、つかの間の距離を一緒に歩くといったことをしてました。
ちなみに現在は追っかけを卒業したけど、The Good-Bye のメンバーだった 曽我泰久の応援は、今も続けている。
- 中学時代から大好きな「The Good-Bye」の追っかけを2週間の東京見物をきっかけにはじめる。
- ミス・フォトジェニックを目指す
- 自分の写真うつりを鏡の前で研究する。「写真うつりだけは良い安田」というキャッチフレーズで納得いく写真が増える。
あまりにも普段と違う写真うつりで友達にズルイといわれる。
- 自分の写真うつりを鏡の前で研究する。「写真うつりだけは良い安田」というキャッチフレーズで納得いく写真が増える。
- 雪像の上で歌う
- テレビ局主催のカラオケ大会に応募。
初めて、さっぽろ雪まつりの大雪像の舞台の上に上がりたくさんの観衆の中で歌う。
札幌市民の中でもでも大雪像の舞台に上がったことがある人は、あまりいないはずです。
- テレビ局主催のカラオケ大会に応募。
大学時代 北海学園大学法学部法律学科入学
入試を受けずに作文だけの指定校制の推薦で入学したので、ここでもズルイ女と言われる。
麻雀と車に明け暮れて、4年間あっという間に過ぎてしまった。
ちょっとばかり、もったいない4年間を過したかも。
大学生のときの3大ニュース
- 女子校の後は男子校
- 男女比が9:1という、まるで男子校のような学校に入ってしまったため、女子トイレは少ないし、 廊下でたばこをモクモクさせてる人が多かったり、男同士の会話のあまりにものいやらしさに、 カルチャーショックを受けた。
しかし、4年後はその会話に慣れていた。
- 男女比が9:1という、まるで男子校のような学校に入ってしまったため、女子トイレは少ないし、 廊下でたばこをモクモクさせてる人が多かったり、男同士の会話のあまりにものいやらしさに、 カルチャーショックを受けた。
- 私の彼氏はスイフト君
- 普通自動車免許を取得し、2週間後に車がやってくる。
新車で三菱のミラージュSWIFT-Xを親に買ってもらう。
はじめは、ただ動けばいいと思っていた車なのに、何故かモータースポーツに興味を抱いてしまい、 一人で練習に行ったり、ドライブに行ったりと行動半径も拡がりました。
- 普通自動車免許を取得し、2週間後に車がやってくる。
- 私は女の子なんだけど・・・
- 男の子が圧倒的に多い学校では、必然的に男の子の友達が多くなってしまったんですが、 私の扱いは男同士の付き合いだと思っているらしく、平気で女に対する悪行を話してくれるので、 いままで抱いていた男性観が、思いっきり変わってしまう。
そんなこんなで、大学生活もおしまいとなり、学生生活に終わりを告げます。
(しかし、38才で大学院に行き、さらにそのあとも大学に2度行くという状態)